わたしは母のようになれない。

金子みすずの詩が好きなのでネットでいろいろ見ていたら、この時期にちょうどよいものを見つけたので、この下に引用させていただきます。

たしかに、母親は子のことを想っていつもいっぱいいっぱいなんだろな。

でもわたしは、この詩にもあるように、他に考えてることがたくさん。

お母さん、自分の幸せをちょっとは考えなよ、って思ったそばから矛盾に気がつく。そのお陰で自分が存在していることを。それにどっぷり甘えてきたことを。

母の日が来るたびに、同じことを考えるのだった。

こころ

おかあさまは
おとなで大きいけれど
お母様の
おこころは小さい

だってお母様はいいました
小さい私でいっぱいだって

私は子供で小さいけれど
小さい心の私は大きい
だって大きいお母様で
まだいっぱいにならないで
いろんなことを思うから

 ~金子みすずさんの詩でした~

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インドの夜空はプラネタリウム

比喩じゃなくて本当の星といえば、私が19歳の時にインドで見た星空が印象に残っている。

本当に、プラネタリウムのようだった。そんなありきたりな言葉でしか表現できないのがくやしい。小さいころ、死んだ人はどこへ行くの?と親に聞くと「お星様になって、私たちのことを空から見守ってくれるんだよ。」と言われたせいか、さすがに大人となった今ではそんなことないだろうと思いつつも、星たちを見ているとなぜか自分が守られているような気分になってくる。インド哲学的に言うならば、人間も宇宙の一部だからなのかもしれない。

インドとの出会いは語学学校に通っていたときだった。ある先生に卒業旅行にインドに行きたいなぁと話したら、同僚がインドで小学校を開くから彼に色々聞いてみたら?と言われたのがきっかけである。それで運よくこの先生が共同で学校運営をするインド人一家のお宅にお世話になることができた。

その後一度また訪れたが、それから何年もたっているので近いうちにまた皆に会いに行きたいな。

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10年の時を経て"登場"した人

この前、かつて想いを寄せていた人が突然夢に出てきた。過去10年間、結婚した後も時々思い出すことはあったが、最近特にその人のことを考えていたわけではない。

夢を見て以来なぜか気になったので、お久しぶりですとメールを送ってみた。

すると何日かして、まだ先だけど私の現在住むシンガポールに出張で来ますという返事があった。彼の仕事の分野でアジア出張はかなり珍しいことだと思うので驚いた。

こういうことって、あるんだね。初夢が当たったことすら今まで一度もないのに。

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